巷であふれる、「効率化」「無駄を削れ」「合理的に〜」という圧。
AIが普及してきた今、この圧がますます強くなっていると思いませんか?
AIは、無駄を削減するのが得意です。
検索も、要約も、下調べも、AIに頼めば一瞬。
時間が浮いて効率UP!それはとっても素晴らしい。
でもAIが出てきたからといって、楽になったかというと「どうなん?」って思います。
気づけばまた別のタスクが出てきて、浮いたはずの時間はどこにもない。
なんなら、ひとつの仕事が時短できた分、他の仕事が前倒しで入れられるので結果的に仕事量が増えている事もあったりする。
AIに手伝ってもらってるとはいえ、こなしてる量は増えて、脳が前よりも疲れているような気もする。
自分だけ効率化がUPしている訳じゃなくて、みんながAIありきで仕事をしている世界線。
競争も激しくなっていると感じます。
効率化すればするほど、余裕がなくなっていくような…
おかしな世界に生きている気がします。
DVDを借りに行くという、盛大な遠回り
むかしむかし、平成の頃には「DVDレンタル」というものが主流でした。
今でもありますが、最近利用してない人の方が多いのではないでしょうか。
つい最近のことです。
ジブリ作品の「平成狸合戦ぽんぽこ」と「もののけ姫」がどうしても観たくなって、レンタルをやっているお店をわざわざ探して借りに行きました。
レンタルが主流だった頃の感覚、今でも覚えています。
ふらっとお店に行って、新作・旧作を眺めては手にとってみたり、パッケージの後ろの説明を読んで気になった作品を借りてみたり。
なんだかノスタルジックな感覚になりますね。
今なら、配信サービスをポチッと開けばすぐに観られます。
でもあの頃は、お店まで行って、棚を探して、パッケージを手に取って、レジに並んで、やっと観られる。
しかも「1週間後に返さなきゃいけない」などという期限つき。
この「返さなきゃ」という不便さもある意味楽しかったんだと思います。
そしてDVDで観た「平成狸合戦ぽんぽこ」と「もののけ姫」はとっても良かったです。
大人になってから見るとまた違った見え方で、もう号泣でした。
自然を大切に、自分と向き合って生きよう…
そして返しに行った次の週、今度は「千と千尋の神隠し」を借りました。
こちらも面白かったです。色々考えちゃいました。
今考えると、映画を観るだけなのにずいぶん手間がかかっていますよね。
お店まで往復する時間。
期限を気にする手間。返しに行く手間。
配信サービスなら全部なくせる。
効率だけで考えたら、完全に無駄な行程です。
でもあの無駄がなかったら、体験としては印象が少し薄くなるんだろうなと思いました。
「映画を観た」という記憶だけじゃなくて、「借りに行って、観て、返した」という体験として残るんですよね。
無駄って、ちょっとおもしろいし豊かだな
無駄なことが全部素晴らしいわけじゃないです。
できれば省きたいものってたくさんあります。
でも、その時は「無駄」としか思えなかったものが、あとになって何かに変わっていたり、効果が出てくることもあったりします。
DVDを借りに行った時間だって、その場ではただの移動時間です。
棚を眺めている時間も、レジで精算する時間も、別に何かを生産していたわけじゃない。
でも、あとになって思い出す。
「そういえば、あの頃あんな事していたな。あのお店に行ったな。」とか、「あのときこの映画を借りたな」とか。
そのときには判断できないけど、あとから「あれおもしろかったな、やっておいて良かったな」とか思ったり。
むしろ、「これは記憶に残りそうだから大切にしよう」なんて思っている時間より、何も考えずに過ごした時間のほうが、あとから妙に残っていたりもします。
無駄ってちょっとおもしろいし、ちょっと豊かでもあります。
AI時代に、無駄を消さなくてもいい
AIは、これからもっと無駄を消してくれると思います。
面倒な作業も、繰り返しの作業も、調べものも、どんどん楽になっていくでしょう。
わたしも結構助けてもらっています。
でも、だからって、もっともっと生産性を上げて働こうとしなくてもいいのかなと思いました。
みんながAI使っているなかで「そんなゆっくりしていられない」とか、確かに焦ります。
誰だってある程度稼いでそれが継続していくことを望むものです。
でも、空いた時間でぼーっとしたり、趣味の時間を増やしたら、もしかしたら新しい扉が開くかもしれないし、新しいアイディアが湧いてくるかもしれません。
無駄と思った時間が「豊かさの源泉」になる、なんてこともありそう。
せっかく時間が浮いたなら、そのまま浮かせておいてみる。
何もしなくてもいいし、外へ出て散歩したり、本屋をうろうろしてみたり、美味しいコーヒー屋さんに入ってみたり、好きに過ごしてみる。
昔好きだった漫画を読み返したり、音楽を聴いてみたりするのもおもしろいかも。
「それ、何のため?」と聞かれても、ちょっと答えに困って「なんとなく」と言ってしまうような。
そういうことを「有意義かどうか」で判定するのをやめてみてもいいかもしれないです。
おわりに
AIに「もっと効率よくしてください」と頼む一方で、自分はちょっと無駄なことをやってみる。
こういう時間は、意外と楽しいです。
そのときは何の役にも立っていないように感じても、あとから良い思い出になったり、気分転換になったり、実は将来の大きなテーマになっていたり。
それが何のためになるのか。
見えるものだけじゃ分からないもの、時間差で効いてくるものもあったりするから、最初から「これは必要」「これは不要」と仕分けしすぎないほうが良いように思います。
全部を最短距離にしなくていい。
なんなら、たまに意味のないことをやってみる。
DVDのレンタルから、そんな学びを得た夏でした。